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2018年1月27日 (土)

エレベーター上がればそこは千日前。

 前のおっちゃんぶち壊しやなぁ。
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 昨夜は新年宴会。エスカレーター上るとそこは千日前。なんか結構近未来っぽくもあるけどいかにもミナミな感じもするでと上がってからまた降りてカメラ構えてまた上がって…外の景色ばっかり気に取られてて目の前のひとがこないに現実に引き戻す効果を発揮しはるとは…気づかなんだ。まぁええか、ここはミナミやし。

(於:中央区) 帰路の電車でうたた寝。最寄駅かと降りたら3つ前。待合室もないホームで…凍えた。

※関連記事:
エレベーター上がればそこはうめきた。』 2018年1月 記

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コメント

 若い頃の思い出…

社会人になり立ての頃地下街“虹のまち”が出来た。
千日前でエスカレーター上がると、右に“千日デパート”左に“大劇ビル”があった。

デパートとは名ばかり(1・2階のみ)で最上階はアルサロやった。
大劇はその昔大阪松竹歌劇団のレビューと大物映画俳優や歌手の実演やってた。
その頃には既に一大歓楽施設に変わってたかも。今のオリエンタルホテルアムザやね。

忘れもせん昭和47年5月には日本のビル火災史上最悪の大惨事が発生した。
その後変遷があってプランタンなんば今はビックカメラやけど。

この辺り千日前は江戸時代には処刑場や大坂七墓の一つだった。
未だにネット上では心霊スポットやそうな。

投稿: 傷だらけの人生 | 2018年1月28日 (日) 17時21分

●傷だらけの人生さま
プランタン時代、春先になったらそこで仕事していました。時々ミシミシっって音がして「ラップ現象や」と言ってましたけど…何でやったのかはわからんまま。昭和47年は当方まだ子供すぎてその火災の怖さはもひとつわからんまま今に至ってますが、そんな建物が形を変えていまだに残っているのが不思議に思います。

コメントおおきにでした。

投稿: 山本龍造 | 2018年1月29日 (月) 10時33分

70年の大阪万博の頃に子どもの私が憧れた夢の未来はこんなだったかも。
「千日前」が台無しやけど(笑)

夢の未来のエレベーターを上がると、今は色とりどりの看板のところに「ユメノクニ」っていうキャバレー?かなんかがありました。
夢の国?何でカタカナなんやろ、変なの、と子どもながらに思った記憶があります。

もちろん行ったことはありませんが(笑)

投稿: おばちゃん | 2018年1月30日 (火) 10時29分

●おばちゃんさま
でしょ。それとか映画に出てきそうな近未来…て、ほとんど映画見ませんねんけど…
「何でカタカナ?」で言うと、私は別府の“ラクテンチ”ですわ。しかしながらユメノクニもラクテンチも…プンプンですね、昭和が。

コメントおおきにでした。

投稿: 山本龍造 | 2018年1月31日 (水) 18時09分

なんか、ブレードランナーっぽいというか、ハリウッドのSFものみたいな写真ですね。この辺りも外国の方々の方が多く闊歩しておられて、日本ぽくなくなってるので、逆にいいのかな、こんな感じで?

投稿: 天王寺蕪 | 2018年2月 3日 (土) 07時20分

●天王寺蕪さま
そう、ブレードランナーっぽい…って私その映画見たことないんですけどきっとこんなんなんかなぁと。
しかしホンマ、外国のお方はキタよりミナミの方が多い気がします。道頓堀なんか絶対日本人の方が少数派ですもんね。

コメントおおきにでした。

投稿: 山本龍造 | 2018年2月20日 (火) 14時09分

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