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2013年5月19日 (日)

北河内、中河内、南河内。

 河内と言っても北河内、中河内、南河内とありますが、どうも気質や言葉遣いが北に行くほど品があって、南へ行くほど…ワイルドな印象があります。北河内の向こうに山城〜京都があって、南河内の向こうには泉州がある…その辺に理由がある様に思うのですが…どうでしょ?
 では中河内はどうか? それはやっぱり、昨日の記事やありませんが、奈良の隣ですからね… ちなみに「○○やんけ」と語尾に“け”を付けるのは、奈良のコトバで、河内では「ーやんか」と“か”が本来使われていたと何かで読んだことがあります。そう言えば「河内のオッサンの唄」というのが昔ちょっと知られてましたが、それを歌っていたミス花子って人は、確か吉野出身やったはず。「大阪出てきて河内のおっさんの会話に衝撃を受けて…」と昔あの歌を作ったときのエピソードを話していたのをラジオで当時聞きましたが、あれは、自身の出身地と河内をまぜこぜにした歌やったんかもなぁと思たりもしますが、よくもまぁあんな歌を…ま、ええか。

昔、岸和田出身の某編集者さんと名刺を交わした時「山本さんは…八尾でっか」。そのリアクションに…笑た。

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コメント

私らにしたら「河内」ってのは「河内長野」から始まってせいぜい東大阪ぐらいまでなんですが、枚方まで「河内」なんですね。
「河内磐船」なんて見るとちょっとあれ?という気になります。
おっしゃる通り、南に行けばいくほど「濃い」感じはありますね。

投稿: ぽんぽこやま | 2013年5月20日 (月) 23時51分

河内弁は汚いからと厳しく躾けられました。父親はアベノですから目くそ鼻くそやと思うのですが。まぁ京都出の母が河内弁を毛嫌いしていました。でも小学校にしても河内弁を喋ってる子なんか殆どいませんでしたけれどね。
 北河内が上品そうに思えるのは、おそらく陰にこもっているからなんじゃないでしょうかねぇ。南へ行くほどあっけらかんとしているように思えます。

投稿: たのけのあむら | 2013年5月21日 (火) 10時47分

 悪ガキ時代を摂津西宮で過ごした私は、“悪名” シリーズを観て、なんとオットロシイ処だと思ってました(笑)。

でもそれは小説・映画や歌で余所者が勝手にデフォルメしてたんですネ(汗)。

リタイアして摂・河・泉、山背・大和の旧街道を実際に歩いてみて、その感を強くしました。

其々の風俗・習慣、方言の違いに興味を引かれます。
…橋下氏推奨の風俗ではありません(汗)…

“住めば都”です。
自分達と異質なものをヘイトする今の風潮はほんとに怖いです…

投稿: 難波のやっちゃん     | 2013年5月21日 (火) 13時26分

●ぽんぽこやまさま
そうそう、河内と言えば南河内のことを思ってはる人って案外多いねんなぁと思うことが割とありますね。で、どこまで河内かって…守口とか門真も河内やそうですが、ここらになったらもう全然ピンとこなくて。時代によってその区分も変わるものなんかもしれません。

●たのけのあむらさま
そう言えば我々が幼少の頃って、きたない(?)方言を嫌う傾向にあった様に思いますね。うちは矯正されませんでしたが、おっしゃるとおり、学校にも河内弁バリバリな人はおらなんだです。
その頃って“ドーナツ化現象”とか言って、河内にはよそモンたくさん入ってきた時期でしたから、そうやったんやろなぁと。地の子、旧住宅地の子、新興住宅地の子…この3つの人種がいたんやなぁと後になって思いました。

●難波のやっちゃんさま
確かにね、勝手にデフォルメした部分がかなり強調されてはいますが、昔の新日本紀行の再放送見たり連れから聞いた感じでは、やっぱりかなり土着性の強い、博打好きの土地柄やったみたいですね。いまは、もう旧来の人種も少なくなって…でも、まだまだ濃い世界は残ってるんかもですね。
ひと言に河内と言っても、その中で品のええコトバをしゃべりはる場所もあるなぁと感じます。私の茶の大先生は「しかし何だんなぁ○○さん」と船場コトバの様な話しっぷりでした。それは土地柄なのか、元々河内木綿で大商いしてはった家柄やからかは…わかりません。
で、
>>自分達と異質なものをヘイトする今の風潮はほんとに怖いです…
まさしくです。でも、正直言うと、私の中学生時分はそうやったかも。あの頃の自分は、嫌いでキライで、人生から抹消してしまいたいくらいに…

皆さんコメントおおきにでした。

投稿: 山本龍造 | 2013年5月22日 (水) 07時19分

僕は北河内出身ですが、北河内という呼び名を知ったのは中学の部活に入ってから。

寝屋川市の大会を勝ち抜けば次は北河内大会。

その上の大会で地区代表を見て、中河内、南河内ってあるのを知りました。

阪南にくるまで、北大阪の人間は南河内と泉州の違いがよく分からんかったのですが、エライ違いがあると学びましたわ。

ミス花子さんの歌は「好っきねん」の方がすきゃねん

投稿: 阪南市テクノ森田 | 2013年5月24日 (金) 08時17分

●阪南市テクノ森田さま
寝屋川市も守口市などと同じで何となく「あこも河内なんかな?」な感じに思て見がちかもです。
和泉山脈の向こうとこっちではエライ違いますか。ひょっとして泉州でも山手と海側ではこれまた違うのと違いますかね。農民と漁民では、かなり色々とベースが違うと思うのですが。しかしなんです、地球が小さくなろうとも、地域性がずっと残ってるって、おもろいもんですね。

コメントいつもおおきにです。

投稿: 山本龍造 | 2013年5月27日 (月) 18時33分

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