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2013年4月17日 (水)

昭和なプラ看板 74 ● 三菱灯油

 灯油と言えば、そうそう昔は氷屋さんとか米屋さんが配達してました。
Mitsubishi1 Mitsubishi2
 まぁもちろん今でもやってはるんでしょうが。
 “三菱灯油”…もうすっかり懐かしい部類に入りました。三菱石油が消滅したのが1999年とのことですから、そらそうですか。こうやってよく見ると漢字四文字並ぶ看板というのも今ではあまり見かけないかもしれません。こう漢字が並ぶと、案外威圧感みたいなモンを感じます。
 四月入っても寒い日々が続いて「もうひと缶買っておくか」と灯油買ったら今度はえらい暑なって、難儀なことですわ。しかしなんですな、灯油はここ数年、高止まりで…18Lで1600〜1700円高いなぁ。15年ほど前は700〜800円やった…ということは、倍になってるんですね。ガソリンの価格上昇率ほ比べると明らかに高すぎ。何ででしょう。

(於:浪速区) “菱”という字が、画数多くて何か怖いんかな。

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コメント

うちのおじいちゃんも灯油を配達してましたわ

酒屋やったんですが、当時は何でも扱ってましたね

投稿: 阪南市テクノ森田 | 2013年4月18日 (木) 12時34分

 かって「ナニワのタニマチ」と呼ばれ『業者間転売』で財をなし、政・官・スポーツ・芸能界を巻き込んだ泉○氏は脱税・贈賄で服役しました。
その時の相手が“三菱石油”と“三井鉱山”です。

で、灯油(ガソリン)価格を振り返ってみれば、結婚した昭和47年が369円/18L(58円/1L)、第二次オイルショック時に1791円(172円)、意外にバブルの昭和63年が842円(122円)と乱高下しています。

此の侭“円安”が進めば再び狂乱物価となり、庶民にとって何一つ良い事はありません(涙)。

私の40年も過ぎ去ってみれば“夢のまた夢”でした(汗)。

投稿: 難波のやっちゃん | 2013年4月18日 (木) 12時47分

  アルミサッシが普及する前、隙間風でカーテンが揺れてた時代、石油ストーブと櫓炬燵のある居間で、一台の白黒テレビを家族皆で見ていた頃を思い出します。

 一斗缶からビニールのポンプでシュポシュポやって、油断してたら油を断つことができずに2~3日臭いがこもってしまったり。

 いくら効率が良くなったとは言っても、エネルギー消費はあの頃と比較にならんでしょうねぇ。

 庶民のちっちゃな既得権、手放せませんなぁ。

投稿: 戦後派 | 2013年4月19日 (金) 09時12分

●阪南市テクノ森田さま
そうですね、酒屋さんも配達してはりました。そのうちコンビニが配達してくれる時代が来るかも…とか思いましたが「雪やこんこ♪」とかが売りにきてますね。

●難波のやっちゃんさま
すっかり忘れていましたけど、そんな事件がありましたね。三菱石油のイメージ悪なったころになくなった記憶があるんですが…どうだったのか。
バブル期の灯油価格…そう言えばそない高くなかったですね。石油価格の価格は景気と反比例している(?)…そんな単純な動きでもないですか。
アベノミクスに半旗を翻して吉野家、ウマなって値下げ…応援します。すき家には行きません。元々ですが。

●戦後派さま
今みたいにカートリッジ式のタンクやなかった頃、部屋で給油してて満タン通り越して…やりましたわ私も。今もうちではビニールのポンプで主ポシュポです。子供の頃は、あの凹ます部分のビニールが緑色やった記憶があるんですが、知らん間にすっかり赤になりましたね。
うちは…冬場もサムーイ設定温度でやってますよ。北海道民には考えられんくらいに。

皆さんいつもコメントおおきにです。

投稿: 山本龍造 | 2013年4月22日 (月) 10時25分

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