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2012年6月 1日 (金)

6月1日に思う。 2012

 「広く撮ってあれば、タテでもヨコでもトリミングで何とでもなりますので、その様に撮っておいてくだされば助かります。現場での時間の短縮になると思いますので」…今年のはじめに頂いたある仕事に関するMailに、その様なことが記されていました。
 「あのなぁ…」と思いましたけど…そうなんかなぁ。写真の扱いがマッチ箱ぐらい小さい印刷物の仕事ではあるけれど…う〜んそうなんか。ちょっと前までは「編集者にトリミングさせなアカン様な写真撮ってたらあかんで」やったのに。
 フイルム時代と違い「そんな画素数イランがな」な感じにツルツル高鮮鋭の画像が普通に撮れる様になってる今の写真画像の置かれている状況においては、先方の言うてはることに、リクツとしては何の間違いもないんやけれど…な〜んか違うんちゃうかという気がして…腑に落ちんかったのです。
 サンプルとして、東京の他の担当者が撮った写真が添付ファイルで送られてきましたが…ますます「うむぅ〜、これでええん?」という気になって。
 画角を考えて「ここにあれ、あそこにはこれ」と画面構成していかんと、変な写真になる様に思ったりするんですけど…違うんかなぁ。
 ムダなく画面を構成し切り詰めて「これや!」と整理できてシャッターを押す…古いんかなあ、こういう感覚は。あとでトリミングしたものとは、かなり違うと思うんですがね。
 画質の飛躍的進歩のお陰で、写真はますます印刷物のマテリアル化へ向かう…オモロないけど…仕方ないんかなぁ。ま、もっと仕事のステージを上げればこういうレベルのあれこれを考えんでええんでしょう、きっと。
 で、その仕事のその後ですが…後に送られてきた印刷物を見ると、どのカットもトリミングされることなしに使用されていました。タテでもヨコでも使える写真を撮らんかった私がそこにいたという事実があるわけですが…それって今日的には最低の職人かもしれません。時代、そして品質の環境が変われば、納品形態の正解も変わる…どぉってことないとも思いますが、ちょっとかなり考えさせられる仕事内容でした。6月1日、今日は“写真の日”。
Img_7073
 本文の中での話は、料理モンでしたが…

(於:香川県坂出市) 海辺の工業地帯ばっかり撮ってた四半世紀前が懐かしわ。

※関連記事
6月1日に思う。 2011
6月1日に思う。 2010
6月1日に思う。 2009
6月1日に思う。 (2008)

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コメント

  餓鬼の頃親爺に言われました。

 「いずれ単純な仕事は機械が人に代わってやる時代が来る」と。

 その先見の明には未だに感心させられます。

 今思えば新聞か何かの受け売りだったかも知れませんが、見事に予想は的中していると思います。

 切符をカチカチやっていた駅員さんは勿論、電車が近づくと踏み切りを降ろし、白い旗を振っていた警士さん。

 鮨や餃子まで機械でできる現在は、確かに雇用の点では難しい時代だと思います。

 これからの若者は機械に出来ないことを探さねば、働き口が無さそうですね。

 とか言いながら、レジスターを見て習い始めた珠算をやめた自分です。

 あまり後悔していませんが、フラッシュ暗算とか見ると「凄いなぁ」とは感じます。

 でも「京」には勝てないだろうし、計算式を作れるかどうかの方が大事なように考えてしまうのです。

 親爺の一言が「トラウマ」になっているようです。

 またまた噺が逸れました。

 昔は最大500枚(36mm)、我々は36枚(ハーフサイズで72枚)。

 それでも、DPEには財布と相談が必要でした。

 今ではカードに何百枚も入り、撮った尻から画像を見て消去も出来る。

 心配事はバッテリー残量ですか。

 

投稿: 戦後派 | 2012年6月 2日 (土) 09時16分

 技術革新と新自由主義そして雇用の劣化

最初に「ストーリー(絵図)ありき」、後は其れに沿って構成・整理・編集する
…時に改竄・捏造・脅しも交えて…
今の政治・経済・法曹の手法、報道が総べてこれ!

プロの矜持は何処へ

投稿: 難波のやっちゃん  | 2012年6月 2日 (土) 20時15分

●戦後派さま
技術の進歩は、人の仕事(作業かな)を奪うという事実は、その業界までもを無くしてしまう訳で、私のまわりでは写植屋さんとか版下屋さん、製版屋さんとか現像所もそれに近い状況かもしれません。
ま、写真撮影業もなくなりはせんでしょうが、めっちゃ淘汰されてきている業界ではあります。勿論ひと事ではありません。

●難波のやっちゃん さま
記事のニュアンス御理解頂けたみたいで嬉しく思います。「あとで修正が効くから」と深く掘り下げんと現場に指示を出す…ま、それの方が効率ええこともあるんですけれども、仕事を発注する側にも受ける側にも何というか…その“覚悟”が足らん様に思えてならんという。
ま、先にも触れました通り、それでええんかもしれんのですが、やっぱり「仕事の質が変わりつつあるな」と思うのです。良い悪いは…もちろんわからんのですが。

お二人とも早々にコメント有り難うございました。こっちいつものレス激遅…すんません。

投稿: 山本龍造 | 2012年6月 4日 (月) 15時29分

ちなみに、ご存知かもしれませんが
6月1日ソロギターの日でもあるそうです
6弦を1人で奏でるからだと、
京橋のストリートミュージシャンが言うてましたわ
この日に思うことはそれぞれ違うもんやな〜とも思いました

投稿: miz0001 | 2012年6月 4日 (月) 18時11分

miz0001さま
“ソロギターの日”を検索にかけますれば…ホンマやホンマ、出るわ出るわ、おまけに“http://solo-guitar.info/the_day/”というサイトまでありますやん。知らんかったなぁ…って、今年からでしょうかね?
たまには“街”に出て、人から色々感じ、学ばなあきませんですね。
またあれこれ教えたってください。書き込みおおきにです。

投稿: 山本龍造 | 2012年6月 4日 (月) 22時49分

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