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2011年9月15日 (木)

防火水槽 63 ■ 天王寺区東高津町4-8

Suiso63a Suiso63b 今回のこれは…悩みました。防火水槽のカテゴリに入れてええのかと。「ただの水甕や」という気が今も正直言ってあります。ま、それでも今日では滅多に断水もないので、用途としては防火水槽に使われているのではないかという点において、また、本家本元『荒川防火水槽研究会』さんの“防水?→物件216”で陶製の防火水槽の存在についての記述もコメント欄にありましたので、「ほんまにええんかなぁ?」と思いつつですが、防火水槽に認定させて頂きました。
 この第63号となるこの物件は、東高津宮の境内にありました。その自然に佇む風情に最初見た時は「あ、防火目的の甕や」と直感したんですが…やっぱりホンマは…どうなんでしょうかね。

(於:天王寺区)人気ブログランキングへ ここ、例の“一斗缶”の置かれていたすぐ近く…

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コメント

昭和17年夏の東京市内における防火水槽設置状況調査によると、防火水槽の種類について「主なるものは樽、コンクリート槽、甕、ドラム缶の4種である」と報告されていますので、水甕の防火水槽もありだと思います。

投稿: kinsan | 2011年9月17日 (土) 08時31分

 こんにちは 龍造さん
大人が入れるぐらいの見事な大甕ですね(笑)。

昔は飲み水や賄い用に使ってたんでしょうね。
で 傍に竈さんがあります。
ひょっとしたら現役でしょうか?

三年前に娘が高津宮で挙式しました。
でも此の元宮の事は知りませんでした(汗)。
今度お礼参りに往きます(笑)。

投稿: 難波のやっちゃん   | 2011年9月17日 (土) 12時14分

 立派な物件ですね。
 竹でできたふたも、隣の「釜」とのコラボレーションもいい感じです。

投稿: 荒川防火水槽研究会 | 2011年9月18日 (日) 18時00分

これもそうなんでしょうかね?
私も竹製の蓋が何ともええ感じに思います。

私実際に見に行きましたが、以前龍造さんがここで取り上げられていた、柏原の木製の物もあるくらいですので。

荒川さんがいつもの様にコメントされているので、これも防火水槽に違いないと私は思いたいですね。

投稿: ナムダー | 2011年9月18日 (日) 22時56分

●kinsanさま
心強いお言葉有り難うございます。で、そうですか、ドラム缶の防火水槽もアリなんですね。なら…“番外編”として紹介しようかなと思ったりしている物件もカウントすることにしようかなぁとか、これまた心揺れています。

●難波のやっちゃん  さま
やっぱり元々は“水甕”やないかとお思いの様ですね。やっぱりそうですよね。
で、竈さんは、どうも現役っぽい感じがしました。
それで何ですか!高津宮で三年前ご令嬢結婚式を上げはったと。その頃、私、そこで披露宴の撮影してたんですけど、まさかあのお方のお父上…てなことはないでしょうね、なんぼ大阪狭しと言えども。ええ会場選ばれましたね。いいなぁ。

●荒川防火水槽研究会さま
何となく荒川さんに“認定”してもらった様な気分でおりますが…どうでしょうかね。
で、この蓋ですが、竹で…ではない気がします。素材の丸さ、そして薄さからすると、塩ビ製の偽竹の様に思うのですか…どうでしょう?

●ナムダーさま
やっぱり「どうでしょう?」と思われている様ですね。ですからやっぱり本家本元“荒川さん”の言動が気になって気になって…です。ま、あんまり“防火水槽とは”とガチガチにその定義を決めることなくやっていこうと今、何となく思っています。

皆様興味深いコメントを…おおきにです。

投稿: 山本龍造 | 2011年9月19日 (月) 06時19分

 うわっ 専属カメラマンされてたんですか(吃驚)

大河ドラマ「篤姫」に感化されたのか(笑)。
伏見桃山城でリハ『十二単衣』、本番では『黒引き振袖』でした(汗)。
今はモナコ在住ですが、あの時の写真は喜ばれるそうです(親バカ)。
イベント好きの唯の歴女ですわ(子バカ)。

世の中狭いですね(笑)

投稿: 難波のやっちゃん   | 2011年9月19日 (月) 12時43分

 私は学者でも専門家でもなく、単なる市井の「防火水槽好き」ですので、皆さんが思っておられるほど実際のところ定義にこだわり無いです。「丸型論争」が起きて、防火水槽的世界が盛り上がっているのを少し楽しんでしまいましたが、龍造さんの方がかえって気にされ過ぎでは?と思いました。
 むしろ、こういう古いものはどんどん失われてしまいますので、ストライクゾーンは広く取っていただければと思います。

 学術的なことは本物の学者であるkinsanさんに譲りますが、kinsanさんに教えていただいた「時局防空必携」には、当時準備すべき水槽として、
”普通の家では一戸当り約百リットル(約五斗五升)以上大きな家ではもっと沢山(容器)―天水桶、貯水槽、風呂桶、盥バケツ等、井戸水、池の水及び流水の利用”
と記述されていますので、戦時中は桶タイプや壺タイプなどいろいろあっただろうと推測されます。

投稿: 荒川防火水槽研究会 | 2011年9月19日 (月) 18時22分

●難波のやっちゃん  さま
あ、誤解を受ける様な書き方をしてしまった様で申し訳ありません。専属でそこにある時期ずっと居たというのではなくて、ある結婚式の新郎のお方が知り合いの知り合いという関係で、撮影をしたというだけのことでして申し訳ありません。
ここ数年、神社で挙式もけっこうはやってきてるみたいでええ傾向やなぁと思ってます。
で、そこまでやらはったんやったら…モナコまで行かんでも受けることでしょうね、きっと。

●荒川防火水槽研究会さま
そうですね、あんまりあれこれ定義を考えていると楽しくなくなってきて何や義務でやってる感が出てしまうかもですね。ま、これからは…というか、これからも「勝手に認定」とやっていくことにします。こっちこそ、ほんま荒川さんに感化されたただの市井のモンですんでね。

お二人ともなるほどなコメントを有り難うございました。

投稿: 山本龍造 | 2011年9月19日 (月) 19時45分

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