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2011年4月20日 (水)

かつての大阪酒 9 『一等國』 義本本家酒造(有)

Ittokoku1 一等国の日本(?)が3月11日以降あらゆる面でその地位が揺らいで…どうなるんかと思う以前に原発問題をどうにかせんと…ですね。てなわけで久々のこのカテゴリは『一等國』を。
 “一等國”…地酒らしからぬ酒名ですが、この銘柄は日露戦争後からのもので、それ以前は『五大州』という酒名だったとか。いずれにせよスケールのデカい名で酒を出してはった義本本家酒造は熊取町にありました。酒蔵も酒名に負けず大きく昔ながらの立派な屋敷の様な風情でした。書籍によると岡山の雄町、福井の五百万石などの酒米を但馬杜氏がタンクローリーで運び入れた灘の宮水と自家の井戸水と合わせた水で仕込んでいたそうです。その為かレッテルの社名の前に“泉”、後ろに“灘”と記されています。灘の大手蔵の下請けという立場だったとかいう理由もあってのことかもしれませんが、“一等國”の名に恥じない酒づくりを実践されていたのでしょう。昭和60年にして普通酒に糖類を添加していなかったということからも、酒づくりへの真摯な態度がうかがわれます。
 2000年頃に杜氏制を廃し、社員による造りに移行し、蔵元自らも『杜氏の技・職人芸の科学』というとてもおもしろい本を2001年に出されるなど精力的に活動されていましたので「ここは絶対残るな」と思い込んでおりましたら、知らぬ間にまさかの廃業。いつ止められたのか詳しくは知らないのですが、2003〜2004年頃、その歴史に幕をおろされた様です。蔵のあった敷地は今、老健施設が建っています。「いつでも呑めるわ」と思っていたら廃業ということで、結局若き日に一升呑んだだけで…どんなお酒だったかという記憶を残せなかったことが悔やまれます。
 そんな『一等國』に先日、思わぬところで出会ったのでした。
Ittokoku2 Ittokoku4  それは、かむなび・蔵朱・よしむら(敬称略、南から順)の美味いアテと旨い日本酒を供する飲食店のユニット『日本酒卍固め』が中心となって大阪天満宮境内で開催された『上方日本酒ワールド』でのこと。出品リストの中に“一等國”の名を見つけ、そのブースに行ってみますと、確かにあの“一等國”がありました。訊くと1988年に造られたと思われる大吟醸生酒やとのこと。「それなりに年月経た味ですよ」との話をブースの主人から知らされつつ口に含んだそのお酒の味わいは…「キレイに熟成された華やかかつやさしい味わい」でした。肩ラベルに記された“清酒二級”の文字にその歳月が感じられます。このお酒を出されていたバーのマスターに訊くと酒販店さんから「大阪のお酒ですし買ってくれません?」との事やったみたいで、それがなんと福島のお店やったとか。京都でバーをされているその店主曰く「大阪のお酒やし大阪(天満宮)に持って来たらこのお酒のこと知った人もいてはるやろ」と今回出したとの事。四半世紀ほど前に醸されたお酒がこんなところで味わえるなんて…不思議な縁です。
Ittokoku3 …などといまむかしのこと思いつつ境内を歩いていますと、菰冠の山の頂上になんと『一等國』発見。「未だに奉納されてるんやなぁ」と思いつつも「その割にキレイやで」と近寄ってみると、銘柄の左下に何やら見かけん文字が見られました。そこには“発売元 酒工房 はら”と記されています。「?」と思いつつ帰宅後調べますれば、地元熊取町の酒販店さんが昨年この商標を譲り受け、阪南市の浪花酒造さんに醸造を委託して復活させたそうです。
 予期せぬところで年代ものの一等國大吟醸生酒に出会い、そしてその銘柄が形を変えて今も売られている事実を知り…不思議な縁を感じる1日でした。どんなスタイルであれ、大阪酒の銘柄が残っている…嬉しいことです。

一等國:義本本家酒造有限会社
    大阪府泉南郡熊取町小垣内

参考文献:日本酒全蔵元全銘柄(主婦と生活社刊 昭和57年11月)
     日本の名酒事典(講談社刊 昭和60年7月)

人気ブログランキングへ あの名酒『近つ飛鳥』も形を変えて復活してほしいかと問われれば…フクザツな気分。

Ittokoku4 追記:酒蔵のあったところの写真が出てきましたので、ここに掲載しておきます。写真ではわかりにくいですが、今はここに老健施設が建っています。(2008年4月撮)

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コメント

こんばんは~♪

京都のZさんですね!
あそこは凄いです!!

で、新生 一等国は、日本酒好きの間では、それなりに知られているようですが・・・・
やはり昔の味を知る人によると微妙に違うらしいです。
同じように醸しても中々昔の味を表現できないというのも日本酒の妙ですね。
熊取あたりで買えるそうですよ (*⌒~⌒*)ニパッ♪

投稿: 啼兎 | 2011年4月21日 (木) 04時22分

 龍造さん お早う御座います(笑)
今年の1~3月は泉南の大小旧街道を沢山歩きました

尾崎の浪花酒造(孝子越街道)、日根野の北庄司酒造
(大井堰街道)、岸和田稲葉の井坂酒造場(牛滝街道)
など多数の造り酒屋があり風情ある町並みを楽しみ
ました。
また熊取は小さな町ですが、京大原子炉実験所が在
ったり、煉瓦館など公共施設の充実した特色ある街
づくりですね。
で 私西宮の生まれ育ちですが、現役の時はビール党
でして真冬以外は日本酒は飲みませんでした(汗)。
退職後歩き出してからは、最寄駅周辺での蕎麦を肴
に地酒を飲むのが至福の時です(嬉)。

年齢と共に趣味・嗜好・考え方も変わります
加齢なる変心ですかね(大汗)

投稿: 難波のやっちゃん | 2011年4月22日 (金) 10時42分

●啼兎さま
よく知らずに『一等國』だけを求めて行ったんですが、Zさんって、そんなすごいお店やったとは…もっと敬意を表すべきでしたかもですね。
で、新生一等國ですが…ホンマに“微妙”なだけなんでしょうかね。大手の酒を大手の蔵が引き継ぐのとは訳が違うわけで、なんぼレシピ教えてもろても別モンになる様に思えてならんのですが。ま、ほんと、人が造るというより“微生物が造る”わけで、その辺が陶芸とかと同様「醸してみんとわからん」というおもしろさでしょうかね。

●難波のやっちゃんさま
ほんま府下あっちこっち行ってはりますねー。それぞれの場所でちゃんと造り酒屋まで抑えてはる…何か日本酒贔屓のひとりとして嬉しいです。
ちょっと前まで、街道沿いの集落にはたいがい造り酒屋があったことを思うと…やっぱりさみしいもんがありますわ。
西宮生まれ育ちでビール党…やっぱり“アサヒ”贔屓ですか?私はアサヒ贔屓ですよ、大阪人ですから…って…ね。
加齢なる変心をより深化させて、ますますおもろく充実した日々をお過ごしください。

お二人ともコメントを有り難うございました。

投稿: 山本龍造 | 2011年4月22日 (金) 18時50分

明けましておめでとうございます。本年度もよろしくお願いしますm(_ _)m

一等国も他の大阪酒同様山本さんが某ブログでおっしゃってたのを見て知ったのですが・・・・残念ながら現物はおろか飲んだこともない大阪酒です。


ところで義本本家酒造で思い出したのですが、前に1969年度の全国酒類醸造家年鑑の大阪府の欄を見ていたときに泉佐野の共和酒造(銘柄名 乙女心)という酒蔵が掲載されていたのですが、経営してらした方が義本さんという苗字でした。ご兄弟か親戚の方なんでしょうか・・・?また、1956年度の全国酒類醸造家年鑑を見ていると兵庫県の欄に東灘の義本灘酒造(銘柄名 恒春)という酒蔵が掲載されていました。こちらも関連があるんでしょうか・・・?謎です。


というより年明け早々マニアックな話ですいません(^^;)

投稿: からす | 2012年1月 5日 (木) 00時44分

からすさま
謹賀新年。今年もマニアックネタにお付き合いくださいます様、よろしくお願い致します。
“乙女心”の共和酒造さんは、私が地酒に興味持ったちょうどその頃廃業してしまいました。そこそこ評判の良いお酒だったみたいなことが、お酒の本には書いてありましたね。確かにここの代表者の方も義本さんでした。それとかつて灘にあった“義本灘酒造”ですが、これも昔より気になっておりますが、詳細はわかりません。ただ、本文にも記してある通り、義本本家さんの酒のラベルに“灘”の文字が見られることと、昔は宮水をタンクローリーで運んで仕込んでいたみたいですから、この2つの酒蔵は、関係あったのやないかと思てます。“義本灘酒造”は、灘の大手蔵の下請け専門として設けられたもんやとか…埼玉の“文楽”とか当時はそういうスタイルがいくつか見られた様ですので。
ま、いずれにしても推測でしかありませんので、いずれはちゃんと関係者の方々からお話伺いたいもんですね…ってまぁ、一介のマニアに時間を割いてくれともなかなか言えませんが。

こういうレスを書く度に「わしもマニアやなぁ」と思います。
コメント有り難うございました。レスが激遅になりましてすいませんでした。

投稿: 山本龍造 | 2012年1月 8日 (日) 18時41分

 何をスルねん 社長!
『純米大吟醸に安酒混入』…“混ぜても味が変わらないならイイかと”

全国新酒品評会で4年連続金賞受賞の老舗酒造が“”古酒の在庫が無くなり…”と言い訳…加齢なる変心か!
「洞爺湖サミット」に出席した各国首脳も驚いとるワ。

『安酒に高級ラベル貼り換え』も…一等國から三等国へ 尾崎の“がんさん”も嘆いてるやろうなァ…

投稿: 難波のやっちゃん | 2013年3月 1日 (金) 15時30分

難波のやっちゃんさま
今のところ「続編」がありませんね。米偽装の美少年酒造のときみたいに次々明るみに出るもんがあるんかもと思ていましたけど、それがなくてひと安心です。
ただ、この蔵「高級酒を安酒に」ということもしてはったみたいですので、プラマイゼロ…とはいかんですね。
“義侠”の杜氏さんを呼び寄せたり、全国新酒艦評会で金賞受賞したりと頑張ってる割に、安酒もバンバン出して出荷量も多く変わった酒蔵やなぁと思って見ておりました。浪花酒造さんに委託されている新“一等國”さんも、影響出てるでしょうね。
>>尾崎の“がんさん”
これはちょっとわかりませんですんません。

コメントありがとうございました。

投稿: 山本龍造 | 2013年3月 1日 (金) 16時03分

 龍造さんと違って私は酒は飲みますが味も判らず、もとより国内報道は信じてませんのでコメントを控えてました(汗)。

<日本酒は混ぜてもいいんですーお酒のブレンドを解説>と云うサイトを視て目からうろこで、社長さんの釈明会見での『そんなに悪びれた様子』でない事が理解できました(お酒の世界では普通の事)。

<国税は美味しさで評価してません>
でも「下級酒」をブレンドして「上級酒」と表示することや「酒票」の張り替えはアカンやろと思います。

 
“がんさん”は以前よくコメントされてた阪南市尾崎出身のお方です(笑)。

投稿: 難波のやっちゃん | 2013年3月 1日 (金) 20時00分

●難波のやっちゃんさま
>>でも「下級酒」をブレンドして「上級酒」と表示することや「酒票」の張り替えはアカンやろと思います。

ほんまおっしゃるとおり。確かにあの蔵元さんが言わはるとおり「さほど違わんから、わからんやろ」ってもんですので、余計に偽表示レッテルでは困りますわ。こういう形で信用を失うと…どうなるんでしょうね。少なくとも贈答需要は見込めんでしょう。

>>“がんさん”は以前よくコメントされてた阪南市尾崎出身のお方です(笑)。

あああのがんさんね。でも尾崎出身でしたっけ? 尼崎に住んでたことあるということを記してくれはった覚えはあるんですが。どうしてはるんかなぁ

コメントおおきにでした。

投稿: 山本龍造 | 2013年3月 4日 (月) 12時28分

初めまして🙇一等国を手土産にしようとあちこち探していたところこちらのブログに巡り会いました。
早速熊取の酒屋さんに行って来ました…が、一等国扱ってませんでした😵どうも元々の酒蔵と今の一等国とは全く別物らしいです💧廃業された酒蔵は、一等国を商標登録してなかったらしく現在のとは関係ないそうです。
すごく美味しかったそうで、本当に幻のお酒でした。
新しい一等国はまた改めて買ってみます🙇

投稿: たま | 2016年8月 8日 (月) 12時01分

●たまさま
はじめまして、ようこそアホげへ。
一等國…いま売ってはるのは浪花酒造さんが醸したお酒と聞いています。
で、元々の蔵元の義本本家さんは、ちゃんと商標登録してはったはずで、レッテルにも“登録商標”と書かれています。
元発売元のはらさんが、義本本家さんから商標を譲り受けていま、新生一等國があるはずです。
いずれにせよ、その銘柄だけでも残って良かった様に思います。

コメントおおきにでした。
レスが激遅になりすいませんでした。よければ今後ともお付き合いのほど、よろしくです。

投稿: 山本龍造 | 2016年8月16日 (火) 23時05分

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