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2010年4月23日 (金)

校舎っぽい木造建物

Kashikouba1 Kashikouba2 Kashikouba3 渋い木造建造物を東大阪市で見つけました。どことなく古い校舎を想わせるモンがあります…って、私が通った小学校の中校舎の雰囲気に似ているからそう思うのかもしれませんが。
 窓ガラスもサッシに変えられておらず、逆に屋根瓦はちゃんと葺き替えられていてかなり状態がいい物件ですが、使われていない様子。看板の通り工場用途での借り主を探してはります。
 「これが工場用か…」と思いましたが、この界隈には小さい町工場向けの工業団地みたいなもんがありましたので、ま、そのさきがけ的建物なのかもしれません。でも…貸工場になる前は何に使われていたのか気になりますね。
 「借り手がおらんことにはなぁ…」と気になるところ。どなたか借りません? 本当は工場以外の用途で有効活用されたらええのになぁと思うのですが。

(於:東大阪市) 人気ブログランキングへ ここ元々何でしたん? ナムダーさん。

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コメント

ほんと木造校舎みたいですね。
ミシンが似合いそう。
私もどんな由来があるのか気になります。
これ、どこにあるんでしょうか?

投稿: びんみん | 2010年4月24日 (土) 09時24分

あー、確かに。自分達が小学校に入った頃はこんな感じの校舎でしたね。懐かしい。

投稿: ぽんぽこやま | 2010年4月24日 (土) 10時22分

お~これは かなりマイナーなところですね!
この校舎みたいな建物は、西側(向かって右側のお宅)と同一敷地内だと思うのですが・・・何回かその前を通った事があるのですが、この近辺の地主さんでしょうね。
この校舎風工場?の東側には、長屋みたいな小さな企業団地があります。私の想像ですが、それらを含めた1ブロックが、全部 その地主さんの所有でしょうね。山本龍造さん 貴重なレポート有難うございました!!!感謝です。

投稿: なおき | 2010年4月24日 (土) 13時59分

●びんみんさま
うん、確かに“ミシンが似合いそう”。
で、「どこにあるか?」ですね。
http://maps.google.co.jp/maps?f=q&source=s_q&hl=ja&geocode=&q=%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E6%A5%A0%E6%A0%B93-8&sll=34.686299,135.585054&sspn=0.003172,0.004056&brcurrent=3,0x6000dfe1df651891:0xc13219f08320861d,0&ie=UTF8&hq=&hnear=%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%BA%9C%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E6%A5%A0%E6%A0%B9%EF%BC%93%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%98&ll=34.687779,135.583635&spn=0.001577,0.002028&z=19&layer=c&cbll=34.687787,135.583746&panoid=8JXEaERLqYPc66get86Xww&cbp=12,147.48,,0,5
↑ここにあります。
あっちこっち東大阪行かないけませんねー、とか。

●ぽんぽこやまさま
私が小学生だった時には、木造校舎、木造モルタル校舎、鉄筋校舎、それからプレハブ校舎と4種ありました。いま思えばまさに「高度経済成長期」ってことやったんやなぁと思います。勿論今は…鉄筋校舎しかありません。

●なおきさま
私もなおきさんが想像してはるのと同じ様に思っていました。で、こんなん、全然“レポート”やないです。ここに書き込みしてくれてはるナムダーさんやびんみんさんのブログこそが『レポート』です。ここも…おふたりにレポートしてもらいましょうか、ね。

●ナムダーさま
わっ!実家の近くやったと。何かストーカーみたい。気を悪くされたんちゃいます?だったらスンマセン。
で、なんですか、お母上の同級生の方がお持ちの物件やと。何とも狭いですね。詳細、また判ったらぜひともお知らせください、お手数ですが。
で、しましたねぇ広っぱで野球。
あちこちにわりかしただの広っぱがあって色々工夫して遊びました。そういう光景を近年ほとんど見かけませんが、時々見ることもあります。でも五人くらいで…それこそごっつ工夫して独自のルールでやっとるんでしょうなぁ。
それから、コメントの長さは気にせんでくださいょ。読ませてもろて楽しいですから。

皆様コメント有り難うございました。レスが遅くなりましたこと申し訳ございませんでした。

投稿: 山本龍造 | 2010年4月26日 (月) 14時40分

いえいえ、気悪いなんて。逆に嬉しい位ですわ。「制空権確保」って感じで(笑)
それで、この記事呼んで益々龍造さんと「同じ土踏んだ」って感じで、親近感が湧いてしまいましたよ。

「あちこちにわりかしただの広っぱがあって」ってほんまそうでしたね。ここらもありました。

それで肝心のこの建物、おかんに聞いて思い出しましたが、ここは「ボタン工場」でした。
例の火事で焼けた「マッチ工場」とおんなじで、ええ響きでしょう?

二階が事務所で一階が工場でしたが、実は上左の写真、ちょこっと車が写っている方向に同じ工場がずっと続いていました。

龍造さんが行きはったかどうか分りませんが、その突き当りの道が「稲田」と「菱屋東」の境界でした。
昔はここまで大和川が流れてたんですが、周りは平坦でしょう?よその川跡と違ごて、それがここらの特徴なんです。
菱江川(玉串川水路)の埋めた跡も見はりました?

私の生まれて育った場所の空気に触れてもろて嬉しかったです。
おおきにです(また長ごなりまして)

投稿: ナムダー | 2010年4月26日 (月) 22時37分

ナムダーさま
“ボタン工場”でしたか。確かにええ響きっ。貝殻から作っていた頃の話なのか今日的なプラスチック製のを作っていたのかも気になりますね…って、ま、この建物が風情がこれですから前者でしょうかね。
で、やっぱり衛星都市化しつつあった中河内で同じ時期を過ごしたという事実は、大きな共通項ですね。
でも、よく考えたら、ナムダーさんと私、趣味も生活スタイルも嗜好も違うわけで、何となくですが「若い時に出逢ってたとしたら、お互いスルーしてたかもな」と思たりもします。
ある程度の年月生きてるとね、自分以外の価値観を持つ人を「そういう人もいるねんなぁ」と肯定的に見える様になるもんでして。
「白黒ハッキリさせてナンボ」とか「正解はひとつ」と思っていた頃のアホらしさ加減…たまらんです。
稲田と菱屋東の境界線は、残念ながら解りませんでしたが、菱江川跡は全部走破しました。いつもの様に下調べなしでうろついていて「あ、この水路跡、あれちゃうか?」と。
“仙人橋”から上流方向へ行って花園駅まで。あとは吉田川跡を通り三◯軒の基地経由でまたうろうろ。市役所あたりに出てきて「せっかくやし、仙人橋より下流も見とこ」と。
稲田あたり、ええとこですねぇ。こんな東大阪もあるんやなぁと嬉しくなりました。「ここに“清流・菱江川”が流れていたら…」と思うと…

めちゃ長なってしまいましたが、ま、そんなこと思いました。コメントおおきにでした。それから工場の話、教えて頂き有り難うございました。

投稿: 山本龍造 | 2010年4月26日 (月) 23時58分

もし 調査済みや既出だと申し訳ないですが、この木造の建物の前の道を、西側に数分歩いて下さい。するとレンガ塀の怪しげな家があります。住んでいらしゃるのか?住んでいらっしゃらなければ、一体何の建物だったのか謎の建物です。
もう一ヶ所は、稲田3丁目の不動産会社のある前の めちゃくちゃ薄い家ですw 府道と川跡?の間にあります。
2ヶ所とも今年に入ってから通っていませんので、もし 無ければごめんなさい。もし お暇になりましたらレポートして頂けたらいいです。

投稿: なおき | 2010年4月27日 (火) 19時55分

テーマからはずれて申し訳ありませんが、龍造さんの言わはる様に若い時に合うてたら、ほんまどうか分りませんね。
《ある程度の年月生きてるとね、自分以外の価値観を持つ人を「そういう人もいるねんなぁ」と肯定的に見える様になるもんでして。》これ全く同感ですね。

あと私と龍造さんは同世代で同じ時代を同じ地域で生きて来たと言うのが大きな共通点ですよね。「説明不要」って感が多くて「中河内の村工場」で私単に「バネ状のもの」って言っただけなのに「ひょっとして青紫のコガネムシっぽい色したヤツのことでしょうかね?」って。
まさにそれの事でして、あの時期に同じ事を経験してるのがほんと妙にリアルに感じてしまいます。

今度は私が八尾随一の高級住宅街を念入りに探検しようか?と思いますが。
だた、御報告出来ないのが残念なんですけどね。
また長々と。

投稿: ナムダー | 2010年4月27日 (火) 22時43分

●なおきさま
こんにちは。情報を有り難うございます。
お書き頂いた建物、googleのストリートビューで確認しました。
ここ、私も「何の建物なんやろ?」と思ったところでした。

ただ、申し訳ありませんが、拙ブログでこの建物を取り上げることはないと思います。

なおきさまも思われた様に、あの建物、“怪しげな家”といった感じに私も思いました。訳あって手入れ、補修ができないのかなぁと思い、ちと心傷みました。
これが戦争遺構とか新田会所跡など公的な価値のある歴史的建造物なら、少々傷んでいても私も取り上げるかもと思います。あの建物は確かに敷地も広く、旧家の風情がありましたので、由緒あって歴史的価値あるお宅だとは思いますが、個人宅、もしくは個人が所有する空き家ではないでしょうか。
一個人の家屋の可能性が高い場合、その「廃れた怪しげな感じ」が写真を通してネット上で公開されることが、あまりいい事とは思えなくて。万一「わざと廃れた怪しい感じ」を演出してはるのでしたら、それは載せてもいいかと思いますが、たぶん、そうではないでしょう。
テキストだけでその建物の歴史などを伝えると言う手もありますし、立派に残る部分だけの写真で構成すると言う手もあるにはあると思いますが、それでは拙ブログが良しとしているスタイルにはなりません。そう考えると、なおきさまが拙ブログに求めておられる“調査”がどういったタッチのものかもわからない訳で…。

お解り頂けたかと思います。
個人宅を掲載することに躊躇しているのではなく、その家の方が嫌がりはるかもしれんことは、やらん様に心がけたいなと思っております。そう心がけているつもりでも私が「大丈夫やろ」と思っている拙ブログの記事を見て「気分悪いわ」と思われる方もおられることもありえるわけで、偉そうには言い切れないのですが。

長々と記してしまいましたが、どうかご理解のほど、宜しくお願い致します。

なお、もうひとつの「めちゃくちゃ薄い家」は、またニュアンス違ってきますね。「よ〜こんなところに家が…」という「人間の知恵、営みを愛でる」的視点があって…って、現物を見てませんので何とも言えませんが。
そういう風に言えば、取り上げ方次第で先の物件もええ感じに書けるのかもしれませんね。

コメントと情報、有り難うございました。


追記:廃屋や建物に絡むツタの“生命力”や、サラ金看板の存在に見られる“時代性”などがテーマの場合、掲載していくことになると思います。

投稿: 山本龍造 | 2010年4月28日 (水) 16時11分

●ナムダーさま
同時代を同地域で生きたモンにしか解らんニュアンスってのがやっぱりありますよね。そういうお方とネット上でですが出会えたこと嬉しく思っています。
で、なんです?
「八尾随一の高級住宅街を念入りに探検しようか?」
ですか。これは楽しみ。
とりあえずメーリングリストで報告配信ってのはどうですか? ちょっと手段古いですか? ほな「つぶやき」で…って、私つぶやきやってませんが。

コメントいつもおおきにです。

 

投稿: 山本龍造 | 2010年4月28日 (水) 16時26分

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