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2010年1月17日 (日)

1月17日

484 当時東京経由で流れてくるテレビの報道に対し、その温度差にムカッとしたけれど、本当のところ、じつは私、何も解っていません。
 震災後、南港の高層ビルから見た神戸は、ホントに近く感じたけれど、神戸と大阪、約50kmの距離はやっぱり思いのほか長い様に感じます。
 神戸と東京、距離にして約650km。そら仕方ないことやったのかもしれんなと、最近思う様になりました。
 あまり軽々しく口にするべきではないですね。すいません。

(於:神戸市東灘区 1996年)

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コメント

 東灘区(だったかな)の高台の住宅地に住んでいた大学の後輩、自宅が崖っぷちに建っていて、その後輩の住所すぐ近くあたりが、崖が崩壊しそうになっているのをニュースで見ました。連絡がとれるはずもなく、大学の同窓会報で、震災体験談を読みました。「関西全滅」と思いながら大阪にいる祖父母の家にやっとのことで車で避難したら、尼崎を境に「建物がちゃんと建っている!」と驚いたとか。何も食べてなかったことに気づき、ラーメン屋を見つけて入り、落ち着いて、家族全員の服装を見たら、スキーウェアやらパジャマやら、そんなことにもそれまで気づかなかったと・・・。
 そこまでいかなかったですよね、大阪じゃ。

投稿: ぽんぽこやま | 2010年1月18日 (月) 19時32分

本当に…本当のことは何も理解できていません。
うちの親戚も灘区にいましたが、何の被害もなかったみたいで。
きっと被災地の中でも色々な立場の人がおられ、心身共に傷の深さも違ったのではないかと思います。

忘れない様に、ずっと遠くから見ていることしかできません。

コメント有り難うございましたぽんぽこやまさま。

投稿: 山本龍造 | 2010年1月18日 (月) 23時35分

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