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2009年10月 8日 (木)

“浴場組合東成支部”と小さく…“火の用心”の看板

Hinoyojin Ykhs ナミイタの錆が看板にも染み入ってええ風情…な割に何かデザインが冴えませんなぁ。もひとつ愛らしくない。まぁ、火の用心を訴えるモンやから、こんなもんか。でもなぁ…
 で、看板の右下に『浴場組合東成支部』の小さな文字を見つけました。風呂屋さんが提供した看板なんでしょうかね。
 大阪府浴場組合のサイトを見ると、現在、東成区に19の風呂屋さんがあるとか。割とまだ残ってるもんやなぁと思いましたけど、東成浴場組合のページには29もの数が掲載されており…2004年で内容の更新がストップしていますので、たった年で10軒も廃業されたということ。やはり原油高騰が響いたのでしょうか。
 厳しい現状に頑張ってはるお風呂屋さん業界。でも、その昔は、こういう標語を書いた琺瑯看板を作って社会に貢献できるような時代があったということですね。どんな業界も同じ様な気もしますが、どうでしょうか。

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コメント

うちは山奥なんでお風呂屋さんとは無縁でしたが、大学時代下宿していたときはお世話になりました。今みたいにバス・トイレつきのワンルームなんてそうそうなかった時代ですから。内風呂と違って大きな浴槽って気持ちいいんですよね。
それでも内風呂が増えた上に、燃料代高騰、きつかったでしょうね。「ケンミンSHOW」でやってましたが、鹿児島だと桜島があるので、風呂屋も天然温泉、しかも沸かす手間なし、そういうところならいいでしょうけど。
もうひとつは、各地にできているスポーツクラブでしょうね。月会費5千円程度でお風呂もついてる。お風呂だけ入りに来ている人も多いようです。番台のあるあの風景、代えがたいんですけどね。「おくりびと」の「鶴の湯」みたいな・・・。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年10月 8日 (木) 16時16分

そ、そうですよね、そのスポーツクラブをお風呂代わりに使うと、お風呂屋さんの代金一回410円が割高に感じてしまって…厳しい現実ですね。
お風呂屋さんに残ってほしいものの、毎日行ってると大変な出費にもなるし…無責任に「営業続けてください」とも言えないですね。

投稿: 山本龍造 | 2009年10月 8日 (木) 18時04分

私の子供の頃は銭湯に行くのが当たり前でした。家風呂がある家は少なかったですから。

友達の家がお風呂屋さんで、開店前に脱衣場とか浴場でかくれんぼとかして遊んでました。夜、お風呂に入りいくと番台に座ってるその子のおばあちゃんが湯上りに「◯◯ちゃん、ミカン水飲みや」って、ようただで飲まして貰いました。ええ時代でしたわ。

投稿: ナムダー | 2009年10月 8日 (木) 22時02分

風呂屋さんはねぇ「風呂屋行こ」言うておとんに頼んで連れていってもろたのと、あとは連れ同士で開店と同時に(遊びに?)行ったことがある程度で、生活に密着した存在ではなかったんです。

で「みかん水飲みや」ですか。
で、思い出したんですが、その頃って、今みたいに自販機がないに等しく、勿論コンビニもないわけで、風呂屋さんにジュースだけ買いに行った記憶がありますわ。母親とですが。
その時、なんぼ歩いても“月”が同じ位置にあって「何で月はついてくるん?」って訊いたことも
…。

不便故、ええこともいっぱいありましたね。

投稿: 山本龍造 | 2009年10月 8日 (木) 22時58分

寒い季節に風呂屋に行くと、帰るまでにぬれたタオルがカチコチになっていたのも懐かしいですね。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年10月 9日 (金) 02時24分

ぽんぽこやまさま

>>帰るまでにぬれたタオルがカチコチ

これってホンマなんですね。うちの父親が昔、京都で下宿してたときの思い出話として「(風呂屋からの帰り)真冬に使うたタオル振り回したら凍った」と言うていたのでして、「これ、京都は底冷えする」ということを大袈裟に言うてるんちゃうん?と思ってたんですけど。

コメント有り難うございました。

投稿: 山本龍造 | 2009年10月 9日 (金) 14時30分

大学時代お世話になっていた風呂屋は歩いて5~10分ぐらいでしたが、うわさに聞いていたので、タオルをブラーンと手から提げてもって帰りました。

ホンマにそのままの形で固まるんですよ。最初はびっくりでした。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年10月 9日 (金) 17時17分

よろしいなぁ、何か“学生の日々のひとこま”な感じが伝わってきますねぇ。下宿…うらやましいです。

投稿: 山本龍造 | 2009年10月 9日 (金) 17時41分

私も「湯上りのミカン水」で思い出したのですが、以外に私の住んでた地域と言うのは、ジュースやタバコの自販機が普及していました。
お風呂屋さんでみかん水とかフルーツ牛乳を飲むのも好きでしたが、帰りに自販機でコーラ飲むのも楽しみでした。かんかんのコーラもありましたけど、瓶のコーラの自販機でコーラを買うて、ラッパ飲みするのが子供ながらに、かっこええって思ってたんでしょうね。
ラッパ飲みは行儀悪いってよう言われましたけどね。
自販機で大きい50円の使えた時代の話です。

投稿: ナムダー | 2009年10月 9日 (金) 22時49分

自販機で瓶のコーラ…って、ゴロンと下から出てくるタイプでした?それとも引っ張り出すヤツで?
いずれにせよ、大玉の50円玉って懐かしいなぁ。穴あきと穴なしのがありましたね。

風呂屋さんにジュース買いに母親と行ったというのは、もうちょっと昔やったんやと思います。まだ私が幼稚園行くか行かへんかくらいの。

投稿: 山本龍造 | 2009年10月 9日 (金) 23時09分

引っ張り出すコーラの自販機、ありましたね~。

あとお風呂屋さんと関係ないけど、自販機の上にジュースが噴水のようにガラスの中に出ていたやつ。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年10月10日 (土) 09時03分

ぽんぽこやまさま

瓶同士がこすれて…引っ張り出す時の音とかまで覚えてるもんですね。

噴水のジュース、これ、色も味もリアルに覚えてますわ。粉末ジュース以下な味わい…でもいつも飲みたくて仕方なかったです。

“噴水型ジュース自販機”の検索で出てきますが、オアシスという名前だったみたいで、そこまでは覚えてませんでした。

投稿: 山本龍造 | 2009年10月10日 (土) 18時08分

引っ張る自販機でしたね。買うてすぐ自販機に付いてる栓抜きで蓋を開けてましたね。

それで、噴水ジュースですね。「粉末ジュース以下な味わい…」正にそれですね。龍造さんの表現力にはいつも関心させられてしまいます。私もほんま、よう飲みました。布施のニチイに置いてあって、紙コップで飲んでましたね。

あと大玉の50円ですが、実は実家に置いてありまして、今日見て来ました。穴あき穴なし両方供ありました。5円の穴なしもありましたし、私も忘れていましたが、昔の100円もありました。
龍造さん、昔の100円って覚えてはりますか?

投稿: ナムダー | 2009年10月10日 (土) 22時27分

噴水ジュースは、見たら飲みたくなるんですよね。ホンマ、粉末ジュース以下の味だったのに。そうそう、紙コップで飲みました。

私はなんとなく記憶あります>昔の100円。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年10月11日 (日) 00時41分

●ナムダーさま
●ぽんぽこやまさま

「粉末ジュース以下な味わい」に同意頂け嬉しい限り。この調子じゃもっと大勢の人々に同意を得れそうですね?。
あの噴水ジュース、当時20円やったと記憶しています。それだけ売れたのか、近くの市場の中に、4〜5台置いてあったこともありました。大半が蛍光ペンよりも若干鈍い発色の黄色で、時々これまた蛍光ペンより若干鈍い発色の薄緑色のがありましたね。しかし何です、あれほど視覚に訴える自販機は、以来ないのとちゃいますかね?

昔の100円ですか?覚えてますよ勿論。何せ…半世紀近く生きているわけですから。“気がつけば”ですけどね。

お二人ともいつもコメント有り難うございます。

投稿: 山本龍造 | 2009年10月11日 (日) 18時06分

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