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2009年10月16日 (金)

『千間川』跡を知る。

 (超)小旅の面白さは下調べなしに歩いて「これ、何やろ?」というモノや光景に出会うところ。先日もちょっと空いた時間に大阪市北部へ小旅に出ますと、そんな光景がありました。

 「ここ…元々川やったんちゃうか?」と思われる道や公園ってありますよね。他の道に比べて直線ではなかったり、一般的な公園に比べて妙に細長かったり…東成区と城東区の境あたりの平野川分水路東側でこんな景色に出会いました。

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 妙に広い歩道の感じが「変やなぁ」。道の先が『平野川分水路』に突き当たっており、その部分の護岸壁のコンクリートの色が違っているのも、旧河川的。おまけに歩道の下には下水道がある様で大きなマンホールも存在します。「ははぁ、東の方から流れて来た川が、ここで昔合流してたんやな」と思い、分水路に架かる歩道橋の様な橋で西へ渡りました。

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 橋の上から平野川分水路を渡ったところを見ると、これまた何か普通と違う風情。写真ではわかりづらいのですが、分水路の西側にもちょっと普通ではない感じの道が続いており、その道と分水路が、その昔は直角ではなく、曲線を描く様に繋がっていたのではないかという風情で、民家もまた、その様に曲線で建っています。

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 橋の階段を下りたところには「元々川の護岸だったのでは?」と思われるコンクリートが残っており、その護岸跡(?)より向こう側が公園になっている様子。これは…平野川分水路より西側にも川が流れていたということの様です。

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 地場のネコに「何やあんた」という視線で見られたりしながら少し西へ歩きますと…

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 『千間川みどり公園』と記された銘板がありました。ということで、元々は千間川という川が流れていたのは、間違いない様です。解ってしまうと何となくそこが“湿っぽいな”とか感じるもんです…って気のせいかもしれませんが。
 極めて長細い公園…この道を中心にあちこち寄り道しつつ“元”下流の方向、西へ歩き続けました。

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 超長い公園かと思っていましたら、その幅がだんだん狭まって来て、最後は細い緑地帯になり、歩道と車道になりました。それでも何となくやはり「ここは元々川やった」という風情は感じるものですね。

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 一旦なくなった『千間川みどり公園』ですが、しばらく歩くとまた出てきました。今度はちょっと広い目の幅。公園ギリギリに建つ民家の風情とかも含めて「昔は川でした」感がかなり残っている気がします。

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 今度の公園は、『千間川公園』という名前。「“みどり”が取れても緑多いがな」など思いながら歩くと、公園と平行する道が北向きに曲線を描き、公園はまっすぐ…のところで広場のある公園らしい公園になって、そこで終わりました。その先は『平野川』。ここで千間川はこの川に合流して終わっていた様です。このあたりにも「元々護岸だったのでは?」と思われるコンクリ構造物が残っています。

1000s 平野川にかかる日吉橋から千間川公園を見てみますと、その部分だけ護岸壁のコンクリートの色が違います。どんな感じの川だったんでしょうかね。

 帰宅後サラッと調べてみましたら、この『千間川』、東大阪市と大阪市の境目あたりから平野川までを流れており、その長さが約1,000間(=1,820m)あったためにそう呼ばれていたそうです。1967年〜1971年にかけて埋め立てられ、暗渠化されたとのこと。万博のあったその頃は…きっと河川の汚染もひどくて苦情も多くて「ほな、フタしてしまえ」てな考えが支配的だったのかなぁと思います。今日の様に「浄化して観光資源に」な発想もなかったんでしょうね。
 ちなみにこの千間川が、東成区と城東区の境目だということです。また地名として、駅名として残る『緑橋』は、この川に架かっていた橋の名前ということで…知らんかったなぁ。とくれば、ちょっと『深江橋』も気になってきました。ま、大阪の地名は橋の名前が付くことが多い割に、その橋のこと、河川のことを何も知らんわけで…「もうちょっと勉強しななぁ」とか思ったのでした。ま、その思い、すぐに忘れるんですけどもね。

(於:東成区・城東区)  人気ブログランキングへ

追記:平成八年に設置された“千間川と緑橋”という石碑を見つけましたので以下に掲載しておきます。たくさんの橋が架かっていたのですね。(2010年4月12日)

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追記2:千間川のことや、深江の歴史などは、びんみんさんの日常旅行日記内“湿地から宅地へ 〜近代の深江(大阪市東成区)”に詳しく記されています。ぜひ、ご覧ください。(2010年7月30日)

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コメント

たまにはこう言う「散策」もいいでしょう?

この川も少なからず、私の住んでいた地域と関わりがあったので一度行ってみたいと思っていましたが、実は一度も行った事がありません(笑)

私もいつも地場猫に「何じゃワレ、写真撮んな!」って言われますけど、いてはりますといつも必ず写真撮らせて頂いてます。

龍造さんの「川跡紀行」拝見させて頂きました。

投稿: ナムダー | 2009年10月16日 (金) 21時48分

山本さん、タモリと結構気が合いそうな。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年10月17日 (土) 08時44分

●ナムダーさま
行き当たりばったりの小旅では学問的研鑽を積むという高尚さがありませんで、うん。
今回「あかんやん」と思ったのは、地元民と会話せなんだことで、ここがナムダーさんの「散策」との最大の違い、深みが出ません。
平日にね、ええ歳のおっさんがうろついているだけでも怪しいかもと思うとね、なかなか。
昼食を現場でとるのが理想ですね。

●ぽんぽこやまさま
私「笑っていいとも」苦手。従ってタモリさんの他の番組にもなかなかチャンネルを合わせないという…で、最近のタモリさんをよく知りません。10代の頃には興味もって視ていたんですけど。

投稿: 山本龍造 | 2009年10月17日 (土) 09時19分

あー、そうですよね。
木曜夜10時からNHKで「ブラタモリ」という番組が始まりました。似たネタなんですよ。
タモリって古地図を見て、暗渠になった川の跡を訪ねるというようなことが好きらしいです。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年10月18日 (日) 16時01分

廃川も廃線同様なかなかくすぐられるもんがありますもんね。
やはり“路上観測的楽しみ”復活の兆しを感じるんですがどうでしょうか?

投稿: 山本龍造 | 2009年10月20日 (火) 17時53分

緑橋に住んでいて、ちょうど夏休みの宿題に

身近な地域の野外調査だったので、このブログ

を参考にさせて頂きました!!

助かりました。ありがとうございました~(◎´∀`)ノ

投稿: 緑ちゃん | 2011年8月25日 (木) 21時26分

緑ちゃんさま
はじめましてこんにちは。
夏休みの宿題が“身近な地域の野外調査”ですか、それは楽しそうですね。
地元民として拙ブログにはない深みと味わいある調査ができたことと思います。
あんまり参考にならんかったことと思いますが、わざわざコメント付けてくれはりまして有り難うございました。
夏休みも…終わってしまいますね。

投稿: 山本龍造 | 2011年8月29日 (月) 07時58分

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